dmiyakoのブログ

人間ドックでもやもや病が発覚した30代女です。左側のバイパス手術を行いました。備忘録を兼ねたブログです。

入院に備えて揃えたもの2

今回、入院すること自体が初めてだったので、色々な方の入院、体験のブログを見たりして以下のものをざっと揃えました。

<レンタルしたもの>
・パジャマ
・タオル大・小

<買ったもの>
●メッシュのスパバッグ(大) 
・シャンプー、リンス
・ボディソープ、洗顔
 →これらをメッシュのスパバッグに入れてお風呂セットにして、ベッド横にS字フックでかけておく
●メッシュのバックインバック
・歯ブラシ、歯磨き粉、コップ
・拭き取りローション、オールインワンジェル
・コットン
・折り畳み鏡 これらをバッグインバッグに入れてベッド上のテーブルに立てて置いていた。

ティッシュ(箱)×複数⇒なくなり次第、家族が補充
・アルコール除菌シート
・身体拭きシート
・ストロー付きコップ(起き上がって飲めないとき用。メモリもついていて飲んだ量がわかり、記録を付けやすかった)
・陶器のコップ(温かいもの用)
・プラスチックのスプーンセット
・割りばしセット
・S字フック×2(スパバック、移動バックをかけていた)
・もこもこ靴下×4、ブランケット、ロングカーデ
・医療用下着
・スリッパ
・ポケットwifi (契約した)
・電源タップ(会社スマホ、自分のスマホ用)
ウィダーインゼリー×3
・水×2


書き出すとけっこうありますね。
ほとんどダイソーで揃えました。

これに加えて、色んな書類にサインすることになるので、まとめ用のファイルをひとつ、筆記用具、
移動用のDEAN&DELUCAのトートバッグ、嵐のDVDを入れて、①レスポのボストン②レスポのボストン③マザーズバック、の3カバンに詰め込みました。


結論を言うと、割りばしセット以外は全部使いました。
特に私はお茶漬けしか食べない期間があったので、スプーンは大活躍でした。
手術直後から数日はお風呂に入れないため顔を洗えず、コットンに”拭き取りローション”を染み込ませて拭いていました。
ローションの後はオールインワンジェルで肌の乾燥を防ぐ。

パジャマやタオルは病院からレンタルにしました。
おかげでタオルやパジャマは汚れたらすぐに取り換えてもらえて、洗濯の手間要らずで助かりました。
入院期間や人によってはパジャマを持参や購入されている人もいました。ここら辺は人によりけりですかね。

入院期間が長くなるとシャンプーリンスも家庭用サイズを買うと思うので、
そうなるとスパバッグは大きい方が良いですよ。

・・・・私はこうでした!を言うとキリがなくなりますね。笑

ご参考にしていただければ幸いです。


入院に備えて揃えたもの1

私の入院生活は3週間ほどでしたが、真冬の時期だったため、寒さ対策でブランケット、羽織り、モコモコ靴下など、けっこうかさばるものを持って行きました。ただでさえ入院はお金がかかるから節約意識で、ストローやコップ、フックなど細々したものはダイソーで購入。
細かいものは別途記載するとして、
最初に買ったのは2種類の羽織りとスリッパでした。

まずブランケットはUNIQLOで、こちらは1300円ほど。
点滴をつけて歩くこともあるため、袖のない羽織りを探していたところ、これはボタンを止めると羽織りにもなるので一石二鳥。
雪が降って寒かった日は布団の中に入れて毛布変わりにも。ぬくぬく暖かくて気持ちよかったです

ロングカーディガンはGAPで、1000円だったかと。
検査や散歩など、院内の移動はずっとこれを羽織ってました。


医療用スリッパは楽天でポチっと。
かかとがあるもの、滑らないもの、など安全のために病院側から指定要件があります。
検査入院の時は病院のレンタルを利用して、マジックテープが付いてるスリッパを使いましたが、私が四六時中靴下をはくためにスリッパのテープが靴下にくっ付いて、毎回履きづらかった。またお風呂上がりにシャワーが漏れて床もスリッパも水浸しを経験したことがあるので反省があり、マジックテープ無し、スリッパの裏の防水はマストでした。よってこちらを。

機能的にも軽くて履きやすいので、シンプルなものを探している方にはオススメできます(´∇`)

冬は特に荷物がかさばってしまいますが、
夏も院内はエアコンが効いているかもしれないので、カーデや薄い羽織りは必要だと思います。

私の右側の手術ですが、いつ行うのかまだ決まってないけど、ひと通り揃えてしまったのでできればまた冬が良いな(^O^;)

退院、その後

主治医の傷口確認を経て、
何事もなく無事に抜鉤、その3日後に退院しました。退院までとてもスムーズでした。
毎日傷口に軟膏を塗りガーゼを当てなければいけないことや、急に仕事に出ることは止められたため、1週間ほど自宅療養です。

ところが、自宅療養中に傷口が開いてきて
(ㅇㅁㅇ川ヒェ〜…!
主治医の外来に駆け込み、どうやら少し感染があるとのことで軟膏を変えてさらに2週間ほど自宅療養となりました。
そうして綺麗に治り傷口もしっかりと着いてきて、3月上旬から会社に通常出勤しています。
入院中にあった傷口の痛みはほぼなくなってますが、たまにピリピリしたり、感じたことない重たい痛みがあったりします。これは仕方ないことなのかな。
通院ではCTも問題ないようなので通常生活に戻れて良かったです。
髪を剃った部分も髪で覆っているためパッと見では手術したとはわかりません。

運動は少しのウォーキングとストレッチくらいで、入院前にやっていたヨガはまだ考えてないです。
以前より疲れやすくなったかなーと感じるのは
まだ身体が追いついてないからなのかな。
用心のため3月末のお花見シーズンでもお酒はまだ飲んでません。とにかく眠いので夜は早めに就寝してて生活がガラリと変わりました。
少しずつ本調子に戻していけたら良いな。

そして、次は右側も手術しなければいけないから、通院しながら計画も立てていこう。

1ヶ月半くらい休暇をもらってしまった上に、さまざまな対応をしてくださった会社の皆さんに心から感謝して仕事で返していきたいな。

はじめての入院でしたが、色んな恐怖と闘いながらあっという間の時間でした。
本音はもうコリゴリ…だけど、残された右側はいつかやるしかないからやる。

今回を乗り越えた今は笑ってばかりの毎日。
これがずっと続きますように。


退院




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抜鉤

4人部屋に移動してからは、自分で頭を洗えるようになり、改めて傷口を見ると医療用ステープラーでしっかりと止めてあった。
見ただけで痛いので泡で優しく優しくそぉっとなでまわす。

体力回復も順調で、ステープラーを取ることを「抜糸」ではなく「抜鉤」と言うらしく、すぐにその日はきた。
女性担当医Y先生がきて、抜鉤はまったくもって痛くなかった。
これでまた退院に近づいたと安心した矢先。

Y先生「カサブタができてるね」とカサブタを剥がされ、「ちょっともう一度打たせてください」と。

(ん?何をですか?)

ステープラー

麻酔なしでダイレクトに頭にステープラーを打つらしい。その痛みはいかほど??
Y先生は手際よく「●●持ってきて〜」と言いながら、準備を始める。
(Y先生、足の付け根の局所麻酔は上手だったけど、首の局所麻酔もY先生だったな・・・)
新しい記憶のせいで恐怖感が増す、内心軽いパニックになる・・・!!羊のぬいぐるみを握りしめる。

4人部屋の他の3人もシーンとしてカーテン越しに様子を伺っていることが伝わる。

私「ううう、打つ時、いくよって言ってください」(震え声)
先生「うん、いきますよ!」

バッチーン!!

( ;∀;)

バッチーン!!

頭の芯まで響く感覚。

痛みで涙がじんわり。

(痛い、けどスペクトよりマシだ・・これで終わった。)

その後は会社のメールチェックを行いながら次の抜鉤と退院を待ち侘びて、穏やかな時間を過ごしました。

余談
この病院の食事はとても簡素で、病人だから食事を楽しみにしてるわけじゃないけれど、それにしてもこれは質素だよ…と思う時があって。
ある朝の朝食

戦後かな…?



朝食だけ和食から洋食に変えてもらった

朝にコーヒーを飲む私にはこちらの方があってた。洋食があることもっと早く気づきたかった。


手術7日目~10日目

手術7日目~10日目

カテーテルがとれた翌日から、
部屋にあったモニターはポッケに入るほどコンパクトなものに変更され、それもすぐに回収された。
また尿カテーテルもなくなった。

車椅子も卒業になり「試しに一緒に御手洗に歩いて行ってみましょう」と、
看護師さんが隣でサポートしてくれたけど、「スタスタ歩きますね。笑」 1人でも大丈夫だった。

看護師さんが管理していた薬も自己管理になり、飲食量の記録も不要になり、
看護師さんも付きっ切りではなくなり、少し前とは随分変わった。

変わらないのは、毎朝の確認事項→氏名、誕生日、ここはどこ、今日は何月何日、手足の動作確認。
これは退院近くまで続いた。

たまに右口まわりがふわっと一瞬だけ痺れていたから、油断せずしっかり静養しなければと思った。

頭の傷口はお風呂に入った時に看護師さんに洗ってもらい、毎日処置して。
夜中に包帯がスポっと頭から抜けて都度巻いてもらっていたけど、そのうち自分で巻けるようになった。

日中は寝て体調回復に務め、嵐のDVDをたまに見たり、フロアを歩き回ったり。
頭の傷口以外は回復してきてることを実感していたから自分はもう緊急性はないと思い、「4人部屋が空いてたら、もしくは空いたら移動可能です」と看護師さんに伝えた。


そして手術10日目に、4人部屋の窓側、
検査入院の時と同じ部屋に移動。
ナースステーションから遠い部屋。
2人部屋でお世話になった看護師さん達は名前も覚えたし、色んな話もしたから短い間だったけど思い出もできた。
でも4人部屋では看護師チームが違うのでなかなか会えなくなると聞いた。

4人部屋に向かう途中で駆け寄ってきてくれた看護師さんもいた。
ここではわがままばかり言ってたから申し訳なさ、有り難さで感情が溢れる。たくさんお世話になりました。


一晩中見つめ合ったモニター撤去


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手術6日目

手術6日目 2月5日

朝9時からスペクト検査が入っていたから、
検査に間に合うように早めに朝食。
スムーズに行けるように準備していたけど、
血圧測定が遅くなり車椅子がこなくて結局時間ギリギリに。
車椅子で看護師さんと共に急ぎ検査へ向かう。

毎回、動脈注射を失敗されるから、
勇気を出して検査室のお兄さんに聞いてみた。
「絶対に動脈は必要なんですか?」
「毎回指が痺れて、その後もしばらく痺れが残るんです」と隠し切れない文句も混じる。

すると今回は静脈、動脈ともに全く痛みがなくて1回で決めてくれた。
痺れは良くないとのことで、今回のようにきちんと伝えるのが良いらしい。
とても丁寧に慎重に行ってくれたようです。
お礼を言って退室。

夕方過ぎに、このスペクト検査結果が良好で
過灌流が落ち着いたとの知らせが入った。

そしてここからいっきに身体中の色々なものから解放された。

まず右首のカテーテルが外れた!

とてつもない開放感
もう右を向けるし、向き放題!
右横になって眠れる!とにかく嬉しい!

それと同時に点滴も外され、
血圧の監視数も上がって自由度が増した。

鼻につけてた酸素チューブも、今朝の車椅子移動のどさくさに紛れて外したままになり、それでも酸素濃度も保ってる。

体を動かす範囲が増えたおかげで、気持ちも楽になり、完全とは言わないけどみるみる体調が良くなるのがわかる。

精神的な部分て大きいかも。
食欲も戻ってくる。

翌日からは歩く許可がおりた。

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手術3日目~5日目

手術から3日目の2月2日
この日の朝は、ほうじ茶を美味しいと思えた。
一眠りして、昼食はフルーツだけ食べた。
また一眠りして、夕食はご飯をお茶漬けにしたら食べることが出来た。



差し入れのお茶漬けは有難かった

一眠りごとに食べる量が増えていく。
固形物が喉を通るようになっていく。
出された食事を完食するまで、
手術から5日かかった。

色んな方のブログやTwitterを拝見すると、
私は回復が遅い方だなーと思うけど、
人と比べずマイペースに。

自分で出来ることと言えば、リモコンでベットの角度調整と、両端の手すりに捕まってよっこらしょと身体を起こすことぐらい。
全身麻酔で一度身体の機能を止める、そしてリスタートするってこんなに大変なんだなぁと、身体の不思議を感じた。

酸素は安定。
血圧もたまに監視数を超えるけどほぼ安定。
移動は車椅子。
CTは問題なし。

そして2月4日 手術から5日目。
(食事を完食できるようになった日)

私は2人部屋の廊下側なのだけど、
窓側の婦人が退院することになった。
最初で最後、婦人がカーテン越しに声をかけてくださった。色々お話をしたら、婦人の娘さんと私が同い年くらいだから心配で心配で。「最初は看護師さんが何人も付きっきりで、これは大変な人が入ってきたと思った」と。
初日の夜は酸素不足でうるさかったことをお詫びして、
最後にお顔も見せずにすみませんとカーテンをあけてくれたら、それはそれは、加賀まりこデヴィ夫人を足して2で割ったようなとても美しいご婦人♡
やはり入院てこういう交流があるんですね。
とても和みました。

早く歩きたいなぁ。
右首のカテはいつ取れるんだろう。

と思っていたところ、「早く歩きたいよねー?ちょっと先生に聞いてくるね!」と言ってくれた看護師さんがいて、戻ってきたその回答は「明日ね、スペクト検査になったよ」


╭(°A°`)╮


…またスペクトをやらなければいけないみたい。
話の前後から先生が重要視している検査、避けて通れないと察した。
私も遠い昔は大学病院で働いてたさ。
つべこべ言わずやりましょ!ってことはわかってるよ~

それなら一発OKで良い結果を出さなきゃ。とほほ。